@chinjuhさんと読む草双紙・はてな出張所

ばけものが出てくる草双紙のあらすじ等をまとめたものです。草双紙は江戸時代の絵本です。

親父布子鳶握(おやじぬのこをとんびがさらった)

https://honkoku.org/app/#/transcription/A94DBC39CB0F12A38F4232E9C28F45AB/1/
# 上記リンク先で、くずし字で書かれた原典と、それをテキスト化(翻刻)した古文が読めます。

おやじぬのこをとんびがさらった
親父布子鳶握
作:市場通笑
画:鳥居清長
発行年:1780(安永九)

 このブログは、主にばけもの(妖怪)が出てくる草双紙について書こうと思って作ったんですが、ばけもの本を書いてる作者について理解するために、同じ作者でばけものが出てこないものについても、ここに置いとこうかと思っています。『親父布子鳶握』は、擬人化された鳶(とんび)が出てきたりはしますが、ばけものをテーマにした本ではありません。

 そのため、右サイドバーにある年代別メニューからはとりあえずはずしておこうと思います。作者別のメニューからは市場通笑と鳥居清長で読めるようにしてあります。

登場人物

  • 松屋喜兵衛:材木商で財をなし、商売は息子夫婦にまかせて自分は囲碁だ将棋だとあそびほうけている親父。
  • 喜三郎:喜兵衛の息子。父親とは違いいたって真面目に商売にせいを出す。
  • お梅(おむめ):喜三郎の嫁。
  • 姉御:喜兵衛の姉。喜兵衛を田舎に呼び寄せて放蕩癖に意見する。
  • 鳶(とんび):喜兵衛の布子(綿入れの着物)をかっさらって飛び去るが捕まって羽をむしられた鳥のトビ。羽が生えそろうまで喜兵衛のところで働くことになる。


 以下は市場通笑の文体に慣れようと思い、もとの文章でだらだら続いているところは途中で切ったりせずに続け、語順を今風にわかりやすく入れ替えたりせず、なるべくそのまま現代語に訳したものです。原典にはないものの、補わないとわかりにくいと思える部分は()内に補いました。

 なお原典には挿し絵がついていますので、必要ならば冒頭のURLで絵を見ながらお読みください。コマ+番号はリンク先のコマと対応してます。

現代語訳:【コマ3】

 ここに松屋喜兵衛と言って材木商で息子を一人持つ(者がいる)が、(息子は)いたって真面目で商売に精を出し、少しの間もそろばんを放さず働くので、手代たちも残らず精を出し、(そのため)何不自由のない財産を築いている。

(喜兵衛の息子、喜三郎の台詞)
「お屋敷の建前は済みましたか」

(客の台詞)
「喜三郎さん、明日の仕事に頼みます」

【用語】

  • 建前:柱や梁などを組み立てること。棟上げ。また、柱や梁などを組み立てただけの建物のこと。

現代語訳:コマ4

 息子の真面目さにひきかえ、親父の喜兵衛は遊び好きで、夜昼となく楽しみ、親父という立場なので意見する者もなく、楽しいことの大家みたいになって、将棋も好きなら碁も好きで、釣りにも出れば芝居へも行き、少しの間も休まず遊んで一年中忙しく暮らしていた。

 (息子の)嫁のお梅もしごく物分かりがよく、弁当をあげましょうと(調子をあわせて)言う。

(喜兵衛の台詞)
「今日は葺屋町へ行きます。芝居に行くのに弁当がいるものか。あれは何のための茶屋だと思う」

 (息子の)喜三郎が「晩には念仏講においでなさって下さい」と言えば、自分は家業が忙しいので代理をやる(と言う)。

【用語】

うまいものの親玉:この場合のうまいは食べて美味しいものではなく、心地よいこと、楽しいことなど。遊び事の第一人者というような意味。

現代語訳:【コマ5】

 喜兵衛は芝居から(まっすぐ)家へ帰るのは無駄だと、すぐに飲み直しに行き、家からは(着替えの)小袖を持たせて(人を)迎えに出すが、(喜兵衛は)次から次へと飲み歩き、懐には南鐐一片もないが、勘定はいくらでも店へ請求しろと、やりたい放題の大騒ぎである。

太鼓持ちの台詞、何か芸をしながら)
「ちょいちょっと、これをこう持って霞に月はどでごんす」

(喜兵衛の台詞か?)
「おもん(女性の名前)や、もっと誰かを呼びにやっておくれ」

(喜兵衛の台詞? あるいは遊女仲間の台詞か?)
「くめさん、なんて色っぽいんだ。いつになく上機嫌だね」

【用語】

つうえ:ついえ(費え)と同じ。何かにかかる費用のこと。転じて無駄遣い、浪費の意味。

のくりあるく?|ののくりあるく?:句読点がないためどちらかわからない。ほっつき歩く、遊び歩く、飲み歩く、というような意味で使われている。

南鐐一片:なんりょういっぺん。二朱銀一枚のこと。一片と略される場合がある。

あだらしい:女性が色っぽいこと。艶めかしく美しいこと。/ここでは濁点なしで「あたらしい」とあるので「新しい」の可能性もあるが、それでは意味が通りにくいので「あだ」としてみた。

くって:料理を食ってなのか、「あた(だ)らしいくって」と一続きなのか、ここではよくわからないが、ここでは「あだらしくって」の意味にとった。

虫がいい:もともとは機嫌が良いという意味だった。明和期の始めごろから現代のように自分勝手だ、利己的だというような意味にも使われるようになった。この本は安永期のものなのでどちらの意味でも使われただろうが、ここでは機嫌が良いという意味にとった。

現代語訳:【コマ6】

 喜兵衛はやっと家へ帰り、たまに家にいると思えば親しい者を大勢集め、麦飯などを炊いてふるまい、魚屋へ人橋をかけ、思いのままに楽しむが、(それでも)うちにいれば嫁も息子も喜んで好き勝手にさせ、疱瘡同然にあつかうのだった(さわらぬ神にたたりなしと放っておく)。

(息子の読め、お梅の台詞)
「お寒いでしょう。お羽織をお召しなさい」

「おやおや、どのみちその手にはさっきから気付いていましたよ。山へでも太郎へでも行こうじゃありませんか」

 (小僧が)小笠原流の目八分にて杯を持ってくる。

(碁を打っている人たちの台詞)
「しょうはくろう(不詳)、もし今度、碁所での碁が一番に三日かかると言いますが、それから見ればここの人たちは名人ですよ。一日に三十番は打ちます。職人にでもなったら良い手間賃をとれるでしょう」

【用語】

人橋をかける:続けざまに人を使いに出すこと。

なんと:現代と同じく驚いた時にも使うが(例:なんとビックリ)、人によびかける時などにも使う(例:なんと今晩泊めてくだされ)。

山:もくろみ、計画。囲碁をしているシーンなので、あなたのもくろみはお見通しだが乗ってあげますよと言っている。また山は富岡八幡宮の境内にある二軒茶屋のことでもあるので、「山へでも太郎(後述)へでも行こうじゃないですか」と洒落ている。

さいぜん:最前。いちばん前のことだが、現在の関西弁と同じで「さっき、さきほど」の意味として使われていた。

太郎:葛西太郎の略。向島にあった川魚料理店のこと。

しょうはくろう:不明。登場人物の誰かの名前かもしれない。

現代語訳:【コマ7】

 今は特別に安い遊びをと、近所の者が二人連れで釣りに行くのを見て、喜兵衛も一緒に行き、三百の舟賃で一人百ずつ(出して)、品川の沖へ行き、聞いた事もないような、喜兵衛は大変なことに、(大きな)鰤を釣り上げて、みな驚いた。百使って鰤一本釣り上げたので、百鰤だと言って、ここへ大勢が釣りに来るのが流行った。また沖釣りが嫌いな者も百鰤(を釣りに行く)と言い訳して陸釣り(女郎買い)に来られるので、ことのほか流行した。

(喜兵衛、大きな鰤を釣り上げながら)
「尻餅親父とはまいったな」

(船頭、手網を持って)
「そのままにしてくだせぇ。手網であげましょう」

【用語】

ぎば:歌舞伎用語で、立ち回りの時に投げられて尻餅をつき、両手を前に投げ出す事。鰤のかかった竿を思い切り引いて尻餅を付いたと言っている。

陸釣り:女漁り。ここでは品川の岡場所で女郎を買うこと。

うっちゃる:すてる、ほうっておく、そのままにする。

現代語訳:【コマ8】

 鰤を一本釣った祝いが馴染みの店を貸し切りで、鯨を一本買ったほど金がかかり、茶屋船宿は言うに及ばず、七里の潤い(という言葉の通り)である。

(喜兵衛の台詞)
「駕籠の衆、ゆっくり行って下され。世間の女郎買いのように急ぎはせぬ。チップは欲しいだけやりましょう。一日かかってもかまいませんよ」

 松屋のうちの十四日と晦日は、遊び先の支払いがいくらでも書き付けにして渡し、端数は一文でも残らず払い、集金に来た者には一分ずつの駄賃をやり、(それを)受けとる者も呆れはて、いかにも材木屋ならば金のなる木でも持っていそうなものと噂である。

「新八どん、升屋から猪牙舟で行きましょうかね」

「ようやく節句銭を旦那の見積もり通りに。あっちを解約いたしました」

【用語】

鯨一頭七里の潤い:鯨が一頭とれれば近隣七つの里が潤うという意味。七浦の潤いともいう。

はな:花。心付け、チップ、駄賃。

いかさま:いかにも。いかにも本当のように見えること。偽物。いんちき。ぺてん。

節句銭:五節句ごとに家主が借家人から徴収するお金のこと。家賃ではなく、礼金のようなもの。つけとどけ。

旦那のつもり:つもりは見積もり、予定。ここでは正確に何を言っているのかはよくわからないが、家主と集金人の仕事上の会話をそれっぽく書いているだけで深い意味はなさそうである。

へんがえ(変替え):変改(へんがい)の訛り。変えて改めること。解約すること。約束を破ること。

現代語訳:【コマ9】

 喜兵衛は毎日遊びふけり、金の山でも少し低くなるくらいの事、(息子の)喜三郎は親のする事なのでたとえ財産を使い果たしたとしてもかまわず、一族中が寄り合い、
「たとえ親のする事でも事による。御先祖へ言い訳がたたない。喜兵衛どのが始めた財産というわけではなし。なかなか、今は意見を言っても聞かないだろうが、ここが相談のしどころ。国元の姉御のところへやって意見してもらえばいくらなんでも逆らうことはないだろう」
と、考えて、話が決まる。

(親類の者の台詞)
「世間の年寄りのためじゃ。まず懲らしめのために不自由な暮らしもいいでしょう」

(息子の喜三郎の台詞)
「田舎へいらっしゃったらご不自由でならないでしょう。それがもう心配で」

【用語】

長ずる:非常に好む、ふける。

金の山でも少し低くなるくらいの事:二通りのニュアンスに読めそうな気がする。その一、金の山があったとしてもちょっぴり低くなるくらいで大したことではない(と、喜兵衛が思っていて遊び続ける)。その二、たとえ金の山を持っていたとしても、少し低くなったと分かるくらいには使ってしまっている。このままほっといたら大変だ(と一家中が問題視するようになった)。「~くらいの事」が現代と同じく大したことはないのニュアンスを含むならばその一。「~くらいの《大》事」のニュアンスならばその二。

一家:読みは「いっけ」で、狭義ならば同じ姓の家、同族。広義ならば親類、親族、姻族など。

在所:生まれたところ、国元。都会から離れた場所、田舎。人が住んでいるところ。

いはい:命令や規則にに反すること。

ふじやう(ふじょう):不自由の訛り。

うまい、うまくない:味の善し悪しだけでなく快適かどうかも「うまい」「まずい」と言う。ここでは何不自由のない今の暮らしが「うまい」、田舎へやって不自由させるのが「うまくない」こと。

現代語訳:【コマ10】

 親類のうちでも知恵者が田舎へ(やってしまおう)と言い出したものの、並の方法ではいう事を聞かないだろうと思い、田舎の姉御の大病と偽の手紙をこしらえて見せたところ、(喜兵衛は)
「これは行かねばなるまい。明日の約束があるが、よく言って(ことわって)おいてくれ」
と、急いで旅の仕度をして出発した。

(使用人の台詞)
「十分にお気を付けて」

(喜兵衛の台詞)
「五なしのたび(?)でもなんだか良くないものだ。明日は早々に迎えを出してくれ。節句の終いがあるからなんとしても帰らねばならん」

 (息子の嫁の)お梅は下女が芋を買う様子を聞き、(下女が)「親は嫌、親は嫌」と言うので、話が身の上にひきくらべて、(自分ばかりではなく)世間はみな(親で苦労して)気の毒だと思う。

(外で買い物をする下女の台詞)
「芋屋さん、親(芋)は嫌よ」

【用語】

五なしのたび:不明。「五ゐしのたび」「五るしのたび」とも読めなくはないが、いずれにせよ意味がわからない。

どうか:なんだか、どうやら。どうか変な気分がする。/どうにか、なんとか。どうかこうか(どうにかこうにか)。現在の用法と違うので注意。

現代語訳:【コマ11】

 喜兵衛は姉の病気と聞き田舎へ行くが、思っていたのと違い、八十に近い(年齢)なのにずいぶん丈夫でぴんぴんとしている事、あたかも十四、五の娘の尻をつねったようで驚く。

(姉の台詞)
「さてさて、お前はどういうことだ。詳しく手紙で聞いたが、魔物にでも見入られたようじゃないか。(そんなふうだから)娘も婿も迷惑がって、わたしにおしつけて意見させようというんだよ。まあ江戸へは帰さないから、そう覚悟しておきなさい」
と、(叱られ、喜兵衛は)大のしくじりである。

【用語】

天魔の見入れ:魔物に魅入られた状態。

気の毒:気の薬の対義語で、心の毒になるようなこと。心苦しい。つらい。迷惑。/他人を思いやってお気の毒にと言う場合もあるが、そうでなく嫌な気分だというのが原義なので注意。

かぶる:歌舞伎用語でしくじる、失敗する。博徒用語で負ける。着物などをかぶって正体を隠すことから、騙される。

現代語訳:【コマ12】

 喜兵衛は姉の意見に発起して、母屋の脇に小さな家を作り、江戸へ帰るのをやめにして、下着まで木綿にして、(言われた意見を実行しているか)聞くまでもなく、年寄りの暮らしなので菊などを育てて楽しみ、(今日は)暖かいので綿入れを脱いで置いたところ、何と勘違いしたのか鳶が来てさらっていく。

 (それを)子供が大勢見ていたが、「親父布子を鳶がさらった」とはやしたて、そのことから今になって、親父なんとやらを鳶がさらったとおかしい事を言うのは間違いである。どう考えても(親父を鳶に)さらわれるはずがない。

【用語】

襦袢:じゅばん。着物の下に着るもの。下着。

親父なんとやらをとんびがさらう:おそらく、鳶にさらわれた親父そのものが鳶にさらわれるという言葉があったのだろうが、いくら鳶でも親父そのものをかっさらうのは無理で、さらわれたのは親父の布子(服)だと言っている。

いうをきくにおよばず:言ったことを聞くまでもなく、あるいは言ったことを危惧するまでもなく。要するに心配するほどのこともなくの意味で、あとに続く「菊を作る」にかけて洒落にするためにわざとこういう言い回しをしている。

現代語訳:【コマ13】

 母屋の若い者たちは、布子を鳶がさらったと聞いて、(鳶を)追いかけまわし、やっと裏の榎にいる所を叩き落とし、よってたかって毛をむしった。大勢で叩いたせいで紫色のあざができ、紫に似た色を鳶色と言うのはこの因縁からである。

(喜兵衛の台詞)
「命はとるんじゃないよ。綿入れが返ってくればいいんだ。(殺してしまうと)何か障りがあるかもしれない」

 毛を大勢でむしったので、けんけをむしる(?)と言う。

 鳶は羽を抜かれたので飛ぶこともできず、困りはて、羽衣の謡いを思いだし「羽がなくては飛行の道もたえ、天上にかえらん事もかなうまじ。地にまた住めば下界なり」とかなんとか悲しめば、(喜兵衛は)気の毒に思い、羽がはえるまで俺のところで居候になり給え(と言う)。

(喜兵衛の台詞)
「油揚をふるまうので沢山働きなさい」

 鳶は友達の事を思いだし、ありがた山の寒烏と喜ぶ。

【用語】

鳶色:赤茶色。実際の鳶の羽の色よりは赤が強い茶色で、赤紫に見えなくもない。

けんけをむしる:そういう言葉があったのだろうが意味はわからない。この話にこじつけておもしろおかしくデタラメの語源解説をしているはず。

羽がなくては…:能楽の『羽衣』の一節。

ありがた山の寒烏:言葉尻に「山」をつけるのはこの時代の通人たちの流行り言葉で、山ならばそこに烏がいるだろうと、寒烏をつなげる言葉遊び。この言葉自体に「ありがたい」以外の意味はないが、言っているのが鳶なので、友達の烏を思い出したというギャグになっている。

現代語訳:【コマ14】

 喜兵衛は以前とはちがい田舎住まいに慣れて鳶を行儀見習いとして住まわせ、料理は堺町が良いの、あしたましそふ(?)へ行くのと言っていたものが、米の飯もやめて麦飯を食うようになり、(鳶には)すまし汁で飯にしてやるが、鳶はすましが嫌いなのでとろろ汁にして食わせたので、とんびとろろというのはこの時から始まった。

(喜兵衛の台詞)
「お前のいるおかげで鼠が出なくていい」

 田舎住まいと言っても(ここは)町場で、むこうのうちが豆腐屋で息子の鳶が帰らないので多くの鳶が来て悲しむ。焼け野の雉子、夜の鶴。子を思わぬ親はない。この豆腐屋を訪ねるなら「やねぶとんびのいる家」と言えば間違いない。

【用語】

部屋子:伝統芸能の見習い。楽屋で下働きをさせながら芸を仕込む。喜兵衛は芸人ではないので行儀見習いくらいの意味だろうか。

堺町:さかいちょう。中村座など芝居小屋があり、観客向けの茶屋などがある歓楽街だった。今の日本橋人形町三丁目あたり。

とんびとろろ:とろろは鳶の鳴き声。ぴいひょろとろろと聞きなす。

焼け野の雉子、夜の鶴:子を思う親の情けは深いということ。キジは火事があると巣から子を連れ出すため火に飛び込むと言われている。鶴は寒い夜に子を羽で包み込んで守るという。

あしたましそふ:不明。

やねぶとんび:不明。やねぶは屋根舟の略だろうか。またとんびにはこそ泥の意味がある。話題になっているのは豆腐屋なので、油揚をねらう鳶がむらがっている店ということかもしれないが、それだけの意味では面白みがないし、やねぶとあえて言う意味がない。何か洒落になっているはず。

現代語訳:【コマ15】

 鳶は羽がないので帰ることが出来ず一心不乱に働いたが、喜兵衛も面白くなり、人を大勢かかえて農業を始め、鳶を番頭にして農作業の見張りをさせ、(鳶は)畑のまわりをくるくると回る。(そのため)今日も鳶どのが回るからいい天気だと言い習わすようになった。

 喜兵衛はだんだんと元手もないのに財産を増やし、(雇い人を)大勢かかえる暮らしになったので離れを広く建て直し、棟上げにはおびただしく酒肴をふるまい、鳶は下戸なので餅を食い、普段はとろろが好きなので、「とんびとろろ、棟上げの餅が二十四、五足りぬ」と今のお子様がたが口ずさむようになった。

現代語訳:【コマ16】

 鳥けだものとは言っても牛は願いから鼻を通す。飛びは羽が欲しい欲しいと願ったので羽が出来て、喜兵衛は金が欲しい欲しいと願ったので金が出来たので、望む事を願わぬのは損である。
 鳶は近々もとの古巣へ帰ろうと思い、先だって知らせようと鳶凧というものを初めてこしらえて、手紙を付けて上げた。鳶凧の始まりである。

 喜兵衛も工夫して、飛脚を出すも(返事が)待ち遠しいので奴凧というものをこしらえ、これに手紙をつけてやり、奴を使いにやるようで良い趣向である。御槍御免は少し無遠慮である。

(鳶、凧をあげながら)
「糸を伸ばしましょう」

【用語】

牛は願いから鼻を通す:牛が花輪を通されて自由を失うのは、そうでもしなければ人に従わないからであって、牛が生まれ持っている性質が招いたものだということ。つまり、自ら望んで苦しみを受ける事のたとえ。牛と芥子は願いから鼻を通すとも言う。人は望んでわざわざ芥子を食べて、鼻にツンときておお辛いと涙を流す。分かっているのにわざとして苦しむ事。/ここでは願えば通る(叶う)という意味にわざと間違った解釈をしてギャグにしている。

しこう:趣向(しゅこう)の訛り。

御槍御免:凧揚げをする時に子供が言う言葉。長い槍は凧揚げの邪魔になるので御免だという意味らしい。少し無遠慮だと言っているので、ここでは何か別の意味がかかっている可能性はある。

だまをやる:凧が急に高くあがった時に糸玉から糸を出す(やる)事。

現代語訳:【コマ17】

 喜兵衛は田舎(暮らし)で慣れない事でも一心不乱に稼ぎ出し、大金をこしらえ、江戸の店にいる(息子の)喜三郎に支店を出させ、高瀬舟を一艘作って穀物や醤油を送り、またたくまに大きな財産(を作る)。本店の材木のほうはやまをじしんにはてきらせ(?)色々と評判もまたたくまに取り返し、細工は流々仕上げをご覧じろ。

(大八車から米俵を下ろす人)
「蔵へ運びますかい」

(お茶汲み小坊主)
「お茶をどうぞ」

(番頭のような人)
「餅が五百、小豆が七百かね」

現代語訳:【コマ18】

 松屋の家は富み栄え、松は常磐の色増して、息子の喜三郎に教訓する事には
「俺の今までの素行はお前のためだったんだ。(お前も)若いうちは忍耐して財産を蔵にしまいこみ、ずいぶん大人しいが、そこが親の欲。もしや(この先身を持ちくずすのではないか)と思って(俺が率先して)道楽の先を越し、金は使っても人を害さず、内心では慎みながら楽しみ、若い時は駆け引きなし、楽しみは六十から、人のそしりも何もかもみな息子夫婦のため(に俺がひきうけたというわけだ)」
(息子夫婦は)まことに感涙肝に銘じ、息子の孝行や嫁の親切が三福神に届いて目出度き春の長々しき物語である。

(喜三郎とお梅の台詞)
「千秋万歳」
「おめでとうございます」

【用語】

了見なしに:了見=分別(忍耐)無くとも読めるが、前後の意味から了見を成す(忍耐する)だろうか。

千秋万歳:せんしゅうばんぜい。長寿を願って言う言葉。


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鳶が喜兵衛の布子をかっさらうシーン

 おそらく鴨とり権兵衛さんのように鳥に親父ごとかっさらわれる「親父ダレソレが鳶にさらわれる」という昔話みたいなものがあったんだと思います。この本はそこから着想を得て書かれたものですが、鳶がさらって行ったのは親父の着物だけ。鳶はそのせいでおいかけまわされて、羽をむしり取られ(以後は擬人化して)喜兵衛の見習いとして働くようになります。能楽の『羽衣』という話のパロディにもなっています。