@chinjuhさんと読む草双紙・はてな出張所

ばけものが出てくる草双紙のあらすじ等をまとめたものです。草双紙は江戸時代の絵本です。

徳若水縁起金性(とくわかみずえんぎのかねしょう)

https://honkoku.org/app/#/transcription/B29442D426D258CC9867040190722F92/1/?ref=%2F
# 上記リンク先ではくずし字の原典と、それを現代の文字に置き換えた翻刻文の両方を読めます。

とくわかみずえんぎのかねしょう
若水縁起金性
発行年:1795年(寛政七)
作または画:樹下石上(樹下山人)

 樹下石上は浮世絵師で、草双紙の著作もしたとされています。この本には序文がないため正確なところはわからないのですが石上が文と絵の両方を書いたかもしれません。

登場人物

天女たち、腰巻きを飛ばしてしまう
トンビのくまさか、天女の腰巻きを拾って持ち去る

福神たち
 弁財天、不思議な紅・おしろいを作って女を全員美女にしてしまう
  十五童子のひとり(たぶん善財童子)、宝珠を奪い合う美女を唐の芋でじらして遊ぶ
 毘沙門天富くじをつくって財を分け与える
 寿老人、人を若返らせてしまう
 恵比寿と大黒、人々に多額の持参金をもたせて良縁をみつけてやる
 布袋、千両箱を山ほど用意して担げた分だけ持ち帰らせる
 福禄寿、宝で庭を作り誰でも持ち帰り放題にする

 天道(太陽)、団子を雨あられと降らせる
  雷、ごろごろと臼をひき粉を作る
  月の兎、餅を搗く
  いなづま姫、団子をまるめる
  三足烏、釜戸に火をたいて団子を蒸す。三足烏は日輪の中に住むといわれている。金烏とも。

 月、季節ごとに美味しい「飴」を降らせる
  筑波(雷神)、月の助手。筑波に雷神を祀る神社があり、江戸でもよく知られていた。
  日光(?)、月の助手
  近星、月の飴を買いに来る(月に星が近づくと雨がふるという言い伝えから)

物語

 冒頭、人間界の遊里のような天界の風景が描かれる。筑波(雷神)、風、雲、日といった男性陣が天女たち(美しい遊女はしばしば天女にたとえられる)を見て花のようだと誉めたりしている。迦陵頻伽(かりょうびんが)は下界でいえば者(芸者)というもので琵琶をペレンペレンとかき鳴らす。

 天女たちが赤い腰巻きを風にさらわれてしまう。雲の上から熊手でとろうとするが間に合わず、下界でくまさかと呼ばれるトンビにさらわれてしまう。しかし腰巻きなど食べられるわけではないので、トンビは弁天堂の軒に腰巻きをひっかけて飛び去る。

 弁天様は赤い腰巻きがヒラヒラするのを紅屋の看板みたいだと言って一趣向思いつく。不思議な力のある紅・おしろいを配り、それをつけた女達は全員美女になってしまう。弁天様はお礼参りに来た娘たちに宝珠をばらまいて奪い合わせる。それをみて弁天様のおそばに仕える十五童子のうち悪戯者の一人(善公と呼ばれているのでおそらく善財童子)が唐の芋を釣り竿につけて娘たちをからかって遊ぶ。男たちは美しくなった娘たちから菓子をもらおうと奪い合う。その姿は擬人化されたスッポンで描かれており、文字通りの意味ではないだろう。

 弁財天がはねた趣向で当てたので、毘沙門天も一趣向案じ、自慢の五重の塔に宝をぎっしり用意して、富くじに当たった者に分け与えることにした。当たりを引いた者は大八車に積んで持ち帰るが、車引きが踏ん張る声さえ「笠だはウン、蓑だはウン」と縁起のいい言葉に聞こえる。

 寿老人も若い者には負けられないと「あとへ歳を取る薬(若返りの薬)」と「一生わずらわぬ薬」を作って売り出す。これを飲んだ人たちは、老いた者は若返り、若い者たちは子供に戻って遊び始めた。寿老人が「鹿を見て薬をお用いなさい。鹿をみておやすみなさい」と言うのを聞き、客が「いっそのこと名鳥をごらんなさい、駄鳥をみておやすみなさいと言えばいいのに」と言っているので、寿老人と福禄寿の同一人物説はこの頃すでにあったということだろうか(鹿は寿老人の、鳥は福禄寿の象徴)。

 お天道様は雷に臼を引かせ、月の兎に餅を搗かせて、いなづま姫が丸めた団子を、三足烏に火の番をさせて蒸す。これを下界に雨あられと降らせた。お天道(てんとう)様も団子をたべて「てんとうまい」と頭を叩いたのでお子様方が大喜び。天道様は下界で評判の団子屋のことも良くご存知。なにもかも「お天道様はてんとお見通し」である。「てんと」は実に、まったく、などの意味。三足烏は「三本足というが足は二本で真ん中のは寒いのでちじこまっている」などと下品な洒落を言っている。

 お天道さまが団子を雨あられと振らせて落ちととったので、お月さまも下界のおいしい「飴」を食べ歩いて研究し、春のあめ、さつきあめ、秋のあめ、冬のあめなど、旨い飴をふらせて下界の人々を大喜びさせる。星が近づいてきて「月の笠のうちにわたしがいると雨が降るというので照らさないで(じらさないで)くれ」と言う。

 こうして雨は団子や飴になってしまったので海が時化るといこともなくなり、魚が豊漁になりタイやヒラメが下魚のような値段で売られるようになり、犬や猫まで高級魚を食べるようになる。鳥たちも美味しいものを食い飽きて、こんなすばらしい世の中になったのもトンビのクマサカが天女の腰巻きをさらったおかげだと敬うようになる。鳩は三つ指をついて礼をするので「鳩に三指(さんし)の礼あり」と言われるようになった(三枝の礼の洒落)。

 恵比寿と大黒は同じ社に祀られているのでどちらが居候で宿ろくなのかもわからず、魚と水のように仲が良い。仲がいいことから思いついて男女ともに申し分ない相手に持参金つきで縁組みしてやろうと思いつく。多額の持参金のおかげで相手は好きなように選べるようになり、花嫁・花婿が持参金の額を札に書いて市に立つようになった。

 布袋は千両箱をいくつも用意して、担ぎ放題ににして担いだ者にくれてやることにした。
 
 芝居には山場というものがあるので、福禄寿は今回の趣向のうちでも山場になることをしようと庭を作り、金銀の砂をしきつめて、米俵の山や酒の泉を作り、反物の丸木橋をかけ、黄金の鶴、銭の亀を放して、誰でも持って行き放題にした。

 こうして世の中は豊かになり、人みな幸せに。お礼参りに七福神めぐりをする人たちも、どことなく福々しい姿に見える。

メモ

  • 樹下石上の別名
    • 五郎兵衛(俗名)
    • 樹下山人
    • 市中山人
    • 市中散人
    • 百斎久信
    • 荷葉堂
  • くまさか、この本ではトンビの名前。大泥棒の熊坂長範からとったと思われる。
  • 下ひも、腰巻きのこと
  • ありがた山、言葉尻に山をつける言葉遊び。通人たちの間で流行った。
  • のみかけ山、同上。飲みかけるは飲み始めるの意味。○○を肴にのみかけ山と行こうか、などと使う。
  • うしのたま、宝珠の玉。今でも擬宝珠と書けば「ぎぼし」と読むが、江戸時代には宝珠を「ほうし」と読んでいたらしい。
  • 唐の芋、里芋の一種。宝珠の形をしている。
  • かめかめ、亀を使って子供がする遊びらしい。おそらくは亀を裏返しにしてもがく姿を「かめかめ」と言うのではないかと思われる。
  • 百足小判、金運のお守りにする本物ではない小判
  • お初穂、神仏へのお供え物
  • いちもんきなか、一文寸半と書く。一文銭の直径の半分という意味で、わずかな金銭のこと。
  • おもくろい、面白いを言い換えた言葉遊びで職人が使ったとされる。草双紙では女性が言うのも目にするので流行語化していたと思われる。
  • 三つ布団、三枚重ねの敷き布団で最高位の遊女が使った。
  • なむおみとうふ、南無阿弥豆腐と書く。念仏が「なむおみどう」と聞こえるのと、僧侶が肉のかわりに豆腐を食べることから、豆腐のことを「なむおみどうふ」という。
  • だいこ、大根のこと。
  • 島田、若い女性の髪形。四十島田というと歳に不相応な若作りのこと。
  • てんと、とても・実に・まったくの意味。
  • 十二灯(十二銅)、神仏への一年の供養として十二本の灯明をあげること。またそのために十二文納めること。
    • いしいし、美味しいという意味の女房ことば。
    • 下卑蔵、「下卑た」を人名のようにいう洒落。下品なこと。
    • 歯文字、恥ずかしいこと。おはもじいなどと使う。
    • 照らす、遊里ことばで客をほったらかすこと。振ること。
    • 裾っぱり、ふしだらな
  • 宝尽くし、着物の柄などにある縁起の良い紋様。この話では単に金銀財宝のこと。以下は宝尽くしの一例。
    • 打出の小槌
    • 丁子
    • 分銅
    • 金嚢(きんのう)、巾着
    • 宝巻(ほうかん)、巻軸(まきじく)、筒守(つつもり)
    • 隠れ蓑
    • 隠れ笠
    • 方勝(ほうしょう
    • 宝珠(ほうじゅ、ほうし)
    • 宝鍵
    • 七宝輪違い
    • 軍配
    • 鶴・亀
    • 松・竹・梅
    • 達磨(だるま)
    • 鯛(たい)
  • 出てくるお菓子の一覧
    • らくがん(落雁
    • まつかぜ(松風、干菓子の一種)
    • 弁エベ(?)のみたらし
    • 笹団子:笹で包んだ団子であろうがその他のことは不詳
    • かけかつ団子:不詳
    • 荒打団子:寛政期に日本橋の中洲で名物になった団子
    • 麻布のおかめ団子:ある男が珍しい亀を釣り上げたのが評判で見物客が大勢おしかけたので、妻が団子を作って売ったところ「亀団子」と評判になった。この夫婦も引退し、あとへ別の町人が入って団子を売ったが、妻が頬高く鼻低き女だったため亀団子に「お」をつけておかめ団子と評判になった。宝暦年間のことだという。/由来譚ではないが、親に布団を買ってやりたくておかめ団子の店に泥棒に入り娘が首を吊るのを救って婿養子になる話しが古典落語にある。
    • めぐろのあめ:享保十二年初演の『賑鞍馬源氏』という芝居で市川団十郎が目黒の桐屋という三官飴屋を演じているとのこと。また天保年間に成立した『江戸名所図会』にも目黒に桐屋という飴屋があると記述あり。三官飴は豊後国小倉の名物で三韓から製法が伝わったとも、三官という名の唐人から製法を習ったとも言われており期限ははっきりしない。
    • 中ばしのおぢいがあめ:不詳
    • 陳皮や罌粟の入った飴:不詳
    • すみよしにたからのいち【大阪住吉大社の宝之市】
    • あさくさにとしの市【浅草の歳の市、現在の羽子板市】
    • まんさいにさいそう市【万歳の才蔵市、三河万歳の太夫が才蔵(相方)を雇うための市で文政のころまで年の瀬の日本橋南詰めに立ったといわれている】
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旨い「あめ」を練って降らせようとしているお月さま