@chinjuhさんと読む草双紙・はてな出張所

ばけものが出てくる草双紙のあらすじ等をまとめたものです。草双紙は江戸時代の絵本です。

目連尊者地獄めぐり(もくれんそんじゃじごくめぐり)

https://honkoku.org/app/#/transcription/E140294C2439786E07D943D9C58C4735/2/
# 上記リンク先ではくずし字で書かれた原典と、それを現代の文字に書き起こしたもの(翻刻したもの)が読めます。


もくれんそんじゃじごくめぐり
目連尊者地獄めぐり
発行年:不明
著者:宇留藤太夫

 これは草双紙ではないんですが、地獄、閻魔大王、しょうずがばば(三途の婆)、八面大王などが出てくるので、化物の本としてあげておきます。

 宇留藤太夫という人がどういう人なのかよくわからないのですが、三味線を弾きながら語り物をする人だったのではないかと思います。この本はその人の「直伝」とあるので、その人が節をつけて語っていた物語を書き取ったものかなあと思いますけど詳細はよくわかりません。検索すると、北陸の伝統芸能である「チョンガレ系盆踊り唄」というものと関係があるみたいな資料もみつかります。わたしはその盆踊り唄がどういうものなのかも知らず、資料の内容もよくわからなかったです。

 まずは翻刻しながらまとめた物語をここにも加筆しつつ転記します。翻刻文(原文の書き起こし)は上記URLから見られますのでご覧ください

物語

第一

 釈迦の一の御弟子の目連(もくれん)が、まわりの人たちには両親がいるのに自分には親がなく、今どこにいるでしょうかと尋ねたところ、釈迦牟尼は「お前の父親は唐天竺のようぼん王で慈悲第一の人だったが四十九歳で亡くなり、極楽浄土の住人になっている。一方母は王の第一后だったが、欲張りで貧しい人を助けるどころかおとしめる。盗みこそ働かなかったが心は盗人のような人で五十二歳で亡くなり今は地獄の住人になっている」と語る。目連は母を救うために地獄めぐりへ行きたいと願い出て十五日の暇をもらって旅立つ。

  • 釈迦の七仏羅漢として以下の名が見える(普通は十大弟子と言いそうなところ)
    • きむらわう(?)
    • わしやむらわう(?)
    • あなんそんじや(阿難多)
    • まかせう(摩訶迦葉
    • ふるな(富楼那
    • しやりほつ(舎利仏、舎利子)
    • 一の御弟子もくれん(目連)
第二

 地獄には一百三十六地獄あり、そこに優劣はないが、にんどう(人道?)、しゆらだう(修羅道?)、餓鬼畜生道、こんや地獄(紺屋地獄)、かぢ地獄(鍛冶地獄)、三熱、血の池、とたて地獄(?)等がある。天にはごうほう(護法?)の網、地には乱杭の剣で囲み、そこへ罪人を追い込んで四つのくろがねの扉で閉じこめる。

 地獄の池は四万よじゅん(由旬)、幅も四万よじゅん、八万よじゅんの血の池に糸より細い橋がかかっていて、橋を渡り切れば成仏出来るぞと責められる。みな必死で渡ろうとするが真ん中あたりまでくると自分の重みで橋が切れてしまう。また水を飲めと責められるが、飲もうとすると水が燃え上がる。汲み直そうとすれば石になって汲めない。

 さらに罪深き罪人は全身に四十九本の釘を打たれる釘地獄に送られる。頭の三本は天道様(太陽)を戴きながらやみやみと暮らした(後ろ暗い生活をした)からで、両目の二本は両親を冷たい目でにらんだから。両腕の六本は人の宝に手をかけたから。胸と腹の十四本は飽きれる自慢をしたから。腰より下の二十四本は仏法の国に生まれながら寺にも行かずに暮らしたから。これらの釘が抜けるはずもないが、四十九日に一家眷族が集まって供養すれば弥陀の弘誓の船が天下り、罪人たちを浮かびあがらせる。

  • 地獄の数は一百三十六とされている。また八万地獄という言葉も出てくる。
  • 地獄として人間道、修羅道、餓鬼畜生道があがっている。そこに地獄道を加えると、六道で地獄じゃないのは天道だけになる。
  • 地獄の名前として以下が不詳
    • こんや地獄
    • かぢ地獄
    • とたて地獄(濁点がつく可能性がある)
    • 無間地獄
    • 三熱←八熱地獄を言い換えたものか
  • 血の池を計る長さの単位として「じゆん(じゅん)」がある。どんな字を当てるのかは不明。

追記
 紺屋地獄と鍛冶地獄は、なんと別府温泉にかつてあったそうです(ソース>地獄:別府温泉事典|別府温泉地球博物館 Beppu Onsen Geo-Museum)。とたて(あるいは「たて」)地獄は確認できていないんですが、しれっと温泉の名前を入れてる可能性が高いです。今だと笑うところかもしれないですけど、生きながら地獄の風景を見られるところが別府だったと考えると、案外真面目だったかもしれません。

 八万地獄自体は辞書にも載っている言葉ですが(ソース>八万地獄(はちまんじごく)の意味 - goo国語辞書)、雲仙にそういう名前の温泉が湧く場所があるとかで(ソース>雲仙地獄 | 長崎県雲仙市小浜町雲仙 | 福岡発!! 九州観光ガイド)、これまた温泉の名前をしれっと折り込んでる可能性高し。

 地獄の数が一百三十六だというのは、『正法念処経』に基づくかもしれません。こんな本をみつけました。まだ読んでないですけど。>地獄の経典 「正法念処経」の地獄136全解説 : 山本健治 | HMV&BOOKS online - 9784865641110

 「とたて地獄」は、たぶん「戸閉て地獄」で、続く文章に地獄の四方四面に鉄の扉を丁と打ち、その中に罪人を追い込むと書いてあるので、特に元ネタがあるわけではないのかもしれない。

 よじゅんは由旬でサンスクリットではヨージャナ。古代インドの長さの単位で阿弥陀経などに見える。現在の単位でどのくらいかと言うと、1ヨージャナ=8km くらいとか、15kmくらいとか、諸説ある。

第三

 ところで目連は地獄に着き、三つの大河と死出の山にはばまれる。川を渡る方法がなく呆然としていると大蛇が流れてきて、笈から法華経を取り出して読誦すると大蛇は弘誓の船に変わる。この大蛇は「長さは二十丈ばかり、九万八すい(枚?)の鱗をたて、十二の角をふるいたて、呉れないの舌をまく」と書かれている。

 大河の次は高い山。大きな岩が木の葉のごとくに降り注ぐ。目連は笈からお経を取り出して唱えると、岩が宙にとどまったので難なく通り抜ける。また火が降り注ぐ峠でも笈からお経を取り出して唱えて通り抜ける。また上下左右を剣で固めた峠や暗闇の峠にさしかかった時も、目連はお経を唱えて通り抜ける。

 すると しやうずがばゝ(三途が婆)という者がいて「衣を脱いでこの木にかけて地獄へ行け」と言う。目連は「自分は天竺だんどくせん(檀特山)の釈迦如来の弟子で、地獄に落ちるのではなく、地獄に落ちた母の苦しみを救うために来た」と説明すると、婆は孝行にめんじて目連を通す。また見る目かぐ鼻というものが現れるが、わけを聞くと快く目連を通す。

  • 「しやうずがばば」は三途が婆と書く。脱衣婆(だつえば)と同じ。江戸時代には三途を「そうず」「しょうず」と読んでいた。
  • 目連が唱えるお経
    • 1. ほけきよ一ぶ八くわん。廿八ほん(法華経一部八巻二十八品)→大蛇が船になる
    • 2. 一しやふくとくほん天、二しやたいしやく、三しやまいふ、四しや天人。又しやふんしん→天から降る大きな岩が止まる
    • 3. はうとはんにや。だいはんにややくしのおんきよ。十二くわん→火降り峠の火が止まる
    • 4. 天だいきよ七十くわん。はんにやきよ。六十くわん。ふどうのじゆもん→剣の峠を越える
    • 5. かうみやうべんじやう。十ほう。せかい。ねんぶつ。しゆじやう。せつしゆ。ふしや→大日如来の光明が暗闇峠を照らす

追記
 1は法華経一部八巻二十八品。
 2は法華経提婆達多品の一節で「一者不得作梵天王 二者帝釈 三社魔王 四者天輪聖 王五者仏身」が変化したもの。
 3は「方等般若。大般若薬師の御経十二巻」で、方等と般若は、教典が成立した時期を五つにわけたうちの、三番目が方等時、四番目が般若時とされていて、日本で信仰されている重要な教典がこの時期に作られたとされている。大般若は大般若経のことだろうか。薬師の御経は具体的にどれのことかわからず。
 4は「天だいきょ七十くわん」が不詳、はんにゃきょ→般若経六十巻(大般若経のことなら正しくは600巻)、不動の呪文→なーまくさんまんだばざらなんせんだまかろしゃなそわたやうんたらたかんまん
 5は漢字で書くと「光明徧照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」で『観無量寿経』の一節。ソース>今月の言葉「光明徧照 」 | 浄土宗【公式WEBサイト】

第四

 目連尊者は六道の辻にさしかかるが、どれが八万地獄に通じているかわからない。そこへ地蔵菩薩が現れて、弓手(左)の道へ行けと教えてくれる。とうとう八万地獄にたどり着くが、鉄の門が閉ざされていて入れない。

 目連は閻魔大王に扉をあけてほしいと願い出る。閻魔は八面大王を呼び出す。顔が八つ、目が六つ、足が六本、手が八本の八面大王は地獄の門を開いて目連を通す。八面大王は金棒で、真っ黒焦げになっている人をつなぎ上げて、これが御僧の母親であるぞと言う。

 目連が母を生前の姿に戻してくださいと頼むと、八面大王はお安い御用と呪文を唱えて戻してくれる。親子の対面。母は生前の倹飩な自分を恥じて釈迦牟尼の弟子となった息子がたずねてきてくれたことを感謝する。八面大王はそろそろ時間だと目連に帰るよううながす。

 修羅道の鐘が鳴ると、八面大王は目連の母の腕をつかんで八万地獄の釜の底に投げ込んだ。目連はしばらく泣いていたが、ここで泣いていても助けるすべはないと思い、急ぎ釈迦牟尼のところへ帰り、なにとぞ母を助ける方便を授けてくださいと頼む。

追記
 長野県に 魏石鬼八面大王 - Wikipedia という盗賊の伝説があるとか。目連が出会った地獄の門番との関連は不明。

第五

 釈迦牟尼は千部の施餓鬼を行って地獄へ行きなさいと、沢山のお経をしたためて下さった。目連は急ぎ地獄へ戻り、女人が浮かぶ(成仏する)という法華経を地獄の釜に投げ入れる。釜は八つに割れて八葉の蓮華と変わり、目連の母は浮かび上がる。母ばかりでなく地獄と餓鬼道のすべてが浮かばれる。

 閻魔も八面も、牛頭、馬頭、羅刹にいたるまで浮かばれることを泣いて喜んでいるが、目連の母は蓮華の上から関係のない罪人たちまで浮かばれることをねたましく思うと言う。目連は「それでは石を抱いて淵に入るようなものです」といさめる。そこへ釈迦牟尼仏が紫の雲に乗って現れて、母親の業罪がたえずまた地獄行きになるとおっしゃるので、目連は「それならわたしを身代わりにして地獄へお入れください」と身をもだえてうったえる。

 釈迦牟尼は目連をあわれに思い、母親を大和国のつぼさかでら(壷阪寺)の如意輪観音に封じ込め、あまねく衆生を守らせることにする。母親が成仏できるのは七月十六日「牛」の刻である。これを盂蘭盆と名付けて、祝いの踊りをはじめる。

  • 牛(真ん中が突き出た文字)の刻とあり、文字通りならば丑(うし)の刻で夜中、午(うま)の間違いであるなら昼間。

追記
 壷阪寺の本尊は十一面観音であること、この寺の名前は冒頭と最後にしか出てこないこと等を考えると、この資料ではたまたまこの寺をあげているだけで、行く先々で受けの良さそうな寺の名前に言い換えていたかもしれない。

浄土道行

# この章は地獄巡りとは同じ宇留藤太夫の作ですが、別の付録資料のようです。

 人間というのは自然に悪事を働いてしまうもので、自然にまかせていれば後生安楽(来世の幸せ)などということはありえないが、お釈迦様はわたしたち凡夫を仏に加える請願をお立てになった。娑婆世界は儚くて、永らえてもせいぜい七十年の命。しかし何度も生まれ変わり、現世で親兄弟となった人たちとは前生で何十回も縁を結んでいる人たちである。そして短い一生を追えてしまえば、たった一人で死出の山路を行くだけなので、人が頼みにすべきは後生である。現世は仮の宿、後生こそ長い未来の住み処だと知るべきだ。

登場人物

釈迦如来 天竺檀特山に住む
目連:釈迦の一番弟子
ようぼん大王:唐天竺(とうてんぢく)の王。目連の父。慈悲第一の人。
しよさい婦人(ぷにん):ようぼん大王の第一后。目連の母。貪る心が強く地獄へ落ちる。
三途が婆(しょうずがばば):脱衣婆。地獄の入り口で亡者の白装束をはぎとる。
見る目かぐ鼻:亡者の罪をかぎ分けて地獄へ送る。
閻魔大王 地獄の支配者。
八面大王:閻魔の家臣で地獄の門番。顔が八つ、目が六つ、足が六本、手が八本で金棒を持つ。
牛頭・馬頭:この話にはほぼ名前しか出てこない。

如意輪観音:やまとのくにつぼさか寺の仏様で、地獄から救い出された目連の母親が封じ込められる。
阿弥陀如来:地獄の亡者を救う仏様として名前があがっている。
地蔵菩薩:同上。
大日如来:目連が観無量寿経の一節を唱えると大日如来の光明が射して暗闇峠を照らす。

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このような文字ばかりの本で、いわゆる草双紙(絵本で、娯楽要素の高い大衆本)ではないです。