@chinjuhさんと読む草双紙・はてな出張所

ばけものが出てくる草双紙のあらすじ等をまとめたものです。草双紙は江戸時代の絵本です。

天竺儲之筋(てんじくもうけのすじ)

https://honkoku.org/app/#/transcription/5AE57393F17CCA5CD3674CA0C8446C3D/1/
# 上記リンク先ではくずし字の原典と、それを現代の文字に置き換えた翻刻文の両方を読めます。


てんじくもうけのすじ
天竺儲之筋
発行年:1785年(天明五)
作:市場通笑
画:勝川春英



 市場通笑の本は、仮に文字がすべて読めたとしても、当時の流行を折り込んだよくわからないたとえ話などがあり、細かい点では理解しにくいのが特徴です。この本も、ストーリーはおおむねわかるものの、コマ4の息子株が云々より後ろをはじめ、あちこちに何を言ってるのかよくわからない点があります。

登場人物

  • 雷神
  • 風神
  • 北斗七星の破軍星

物語

 天竺といっても日本の様子と違いはなく、強いていえば日本にないのは虎の皮のたぐい、天竺にないのは笠や下駄。天竺には雨が降らない。人間は大和見物をしたくらいで先生きどりになっているが、天竺の人たちは雲に乗ってどこへでも行くので世界中見ないものはない。下界の名所は太夫座敷の見物だが、遊女屋や芝居小屋に屋根があるのが困る(空から中が見えないので)。

 天竺人は下界の風流のことは興味のない者が多く、堺町、浅草、芝など賑やかなところを見たがる。しかし久米仙人の話を聞いているので美しいものを見ても注意して、下界に落ちるのは雷様だけである。
 富貴天にありというが、雷には稲妻という美しい女房がいて腹っぷくれ(食うに困ってない)。居候が大勢いて、遊び歩く時もそういう手合いを連れて歩き、自分の雷太鼓を持たせておくので世間では太鼓持ちと呼んでいる。下界で雷が落ちるというのは太鼓持ちがおどけて足を滑らせるからであって、雷様が落ちるのではない。雷様と一緒に歩くけだものというのはこの者たちのことである(雷獣のことを言っているかもしれない)。

 そういったお取り巻きの中でも、とくにお気に入りの役者がもうけ話を持って訪ねて来る。天竺でも金もうけが嫌いな者はないのでひとつ当ててやろうと相談にのる。# この役者は「とうせいはやる□□かたといふ小もんをはしめたぢよさいのないやくしや」と書いてある。挿し絵は角の生えた天竺人で、役者ではなく薬叉かもしれないし、それをかけた洒落かもしれない。□□の部分は不明瞭で読みにくいが「さやかた」と読めなくもない。このあと話は雷神と風神だけで進んでいくので、「やくしゃ」がなぜ出てくるのかもよくわからない。

 雷はもうけ話なら風神も仲間に入れようと相談に行く。風神も乗り気で、天気がよければさっそくやろうと言っている。

 鬼神のようだの鬼のようだのとはいうが、鬼も大和歌には感心する。鬼神は間違ったことをしないのたとえの通り、梅若様のご難義には泪雨をふらせ、曽我兄弟の虎御前にはもらい泣きする。しかし近年では「手替わりの涙雨」だと馬鹿にしてやめたようだ。お人好しかと思えば如才ないところもあるようだ。

 鬼たちは下界へ行き、どんな天気でもあつらえますという商売をはじめる。たちまち評判になり注文殺到。

 繁華な所では雨は降らない分にはあまり困らないが、年礼(年賀の挨拶)も済むと人はお湿りを欲しがり、二百や三百なら出してもいいと頼みに来る者が大勢いて、いくらでも儲けられる。

 田舎からの注文は多く、田畑の植え付け、取り入れ時分の好天、出船入船に良い風を頼まれ、なんでも引き受けて大もうけする。鎌倉のさる大名が十一日にお船遊山に行くので晴れにしてほしいと言うが、その日は近くで雨を降らせる予定になっている。しかし馬の背を分けるというように、やりようがあるので心配御無用と引き受ける。

 雷神風神は天気をあやつって儲けているのを北斗七星が聞きつけて、破軍星のうち一人が説教にやってきて「お前達のやり方は不埒千万、我々(星たち)まで外聞が悪い。金銀は国土(人間界の)宝だから全部あっちへ返し、欲心をやめなさい」と叱る。雷神風神はあやまりいる。

 雷神風神は儲けた金を下界に雨あられと降らせて返す。人々はそれを拾い集めて、支払いはみんな済ませて買いたいものは思いのままに買い、全員上機嫌で良い暮れでございますといい合い笑い合い、正月を迎えた。

 こうしてお天気はもとに戻ったが、田畑のために二日も降り続けばいまいましいなどと言われ、雷様も自棄を起こす。天の事は悪くいわないものだ。天界は如才なくやってくださっていますよ。おしまい。

メモ

  • 天竺(てんぢく、てんじく):中国で使われていたインドの古名。インドを含む遠い外国のこと。この話では「てんちよく」のこと。
  • てんちよく:辞書にもないためどんな字を当てるかわからないが、太陽や月などが住んでいる天界のこと。この物語では洒落で天竺(てんぢく)と呼ばれている。
  • 久米仙人:大和の竜門寺で飛行を修行していたが、吉野川で洗濯してる娘に見とれて空から落ちる。そのまま結婚して俗界で暮らすが、藤原京造営の際に(平城京または東大寺大仏殿造営の際とする場合もある)仙人なら術で資材を運んでみろと言われ、修行で神通力を取り戻して山から木材を飛行させて運んだと言われている。その功績で今の橿原市あたりに免田をたまわり久米寺を建立した。/泡盛の銘柄に久米仙というのがあるが、これは久米島に住む仙人が絶世の美女に化けて人に酒をすすめたという別の話に由来するとのこと。
  • 富貴天にあり:高い地位や財産が得られるかどうかは天の采配によるもので人間の力でどうなるものでもないという事。この物語では登場人物が天竺人なので金には困っていないというような意味で使われている。
  • そばしりのゐそのでんがく:不詳。ゐそは読み方が合っているかどうかも曖昧。でんがく=田楽。食べ物であることは確か。
  • 味噌吸い物:味噌で作った汁の上澄みで作った吸い物。
  • 乙りき(おつりき):風変わりな、変わった。
  • 鬼神に横道なし:鬼神=天地の神霊は正道を外れることはしないという意味。
  • 梅若様:梅若は京都北白川の吉田少将の子だが、人買いに誘拐され、今の墨田区にある木母寺あたりで病死する。
  • 二月十五日:梅若忌のことだと思うが、それなら三月十五日のはずなので、横棒が一本欠損しているかもしれない。
  • 手替わり:前にしていた人とかわり、別の人がすること。
  • 茶にする:馬鹿にする。
  • 結構人:お人好し。
  • 如才のない:ぬかりない。
  • とんしゃく、とんじやく、とんちやく:頓着のこと。現在はとんちゃくと読むが、江戸時代は「とんぢゃく」と濁ったらしい。そのため「とんぢやく」「とんじやく」の表記があり、濁点が消えた「とんしやく」も存在する。
  • 年礼(ねんれい):年始まわりをして挨拶をすること。
  • 下り雪駄(くだりせった):上方で作られた雪駄を、江戸ではそう読んだ(都は京都なので江戸へ来るのは下り)。
  • 田畑の仕付け:作物の植え付け。
  • 請け込む:引き受ける。
  • 味噌を上げる:自慢する。
  • あやかり者:他人があやかりたいと思う幸せ者。
  • 陸物(りくもの):畑の作物のこと。水田の稲に対して陸でできるものだから。
  • 馬の背を分ける:狭い地域のこっち側では雨がふり、あっち側では晴れているというような状態。馬の背の肩側だけ濡れる様から。現在でも夕立などで「車のフロントガラスの右半分だけ雨が降ってる」などと言うのと同じ。
  • 破軍星:北斗七星の柄杓の柄の先端の星と言われるが、ここでは「破軍星の星のうち一人」と書かれているので、北斗七星を構成する星全体を意味するか、あるいは破軍星が何人もいるという設定だろうか。
  • 小野川・谷風:どちらも相撲の横綱の名前。
  • 五穀成就:五穀がよくできること、またはできるように願うこと。
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雲の上から下界を見物する天竺人たち

 太夫座敷も芝居小屋も屋根があるので中が見えないと文句を言っている。天竺(天界)は雲の上なので常に晴れている。「屋根をふくというなぐさみはない」というような事も言っているのでひょっとすると家に屋根がないという設定かもしれない。
 なお「屋根を葺く」はめくりカルタで博打をして遊ぶことをさす隠語(雨の日は外で仕事ができないので屋内で遊ぶから)なので文字通り天界に屋根がないかどうかは不明。コマ3の挿し絵は天竺の町並みのようだが屋根が書かれている。