竜宮苦界玉手箱(たつのみやこくがいのたまてばこ)
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# 上記リンク先ではくずし字の原典と、それを現代の文字に置き換えた翻刻文の両方を読めます。
たつのみやこくがいのたまてばこ
竜宮苦界玉手箱
発行年:1797年(寛政九)
作:曲亭馬琴
画:北尾重政
登場人物
- 三浦屋島太郎:略して浦島。おばの家で釣りをしているうちに寝てしまい、竜宮から迎えが来る。
- 浦島のおば:まつさきで田楽屋を営む。
- 台の物の亀:竜宮の方。浦島をのせて竜宮に連れて行く。
- 乙姫:竜宮の花魁。
- 鯛:同、花魁。
- 猿:浦島の知人で乙姫を買いに竜宮に来る。
- カニの夫婦:竜宮の住人。猿の知人。猿に柿の種をおごられて焼き飯でもてなす。
- くらげ:竜宮の回し方。猿に金を握らされ乙姫の様子をさぐる。
- しじみ:まだおぼこ。禿から新造になりたての遊女。
- いしなげ:または、いしなぎ。遊女。
- 伊勢海老:腰が曲がるまで新造を続けている年増の遊女。
- あしか:寝坊で床が済むと屏風の外で寝てしまう遊女。
- たこの:乙姫に協力して猿をはめる女郎。
- 鮑(あわび):竜宮の女郎屋に来た客。
物語
三うらや島太郎は略してうら島と呼ばれている。なんでも器用にこなす男だが運がなく、ぶらぶら暮らしている。六月朔日、浅草富士(浅間神社か)に参詣し「まつさき」で田楽屋を営むおばの家で売り物の菜飯と田楽を御馳走になり、涼しくなるまで裏の川で釣りでもしてから帰りなさいと竿を渡される。
おばにすすめられて座敷から裏の川へ釣り糸をたらすがだぼはぜ一匹かからず眠くなる。夢に台の物(作り物)の亀が現れてうら島を甲羅にのせて連れて行く。三挺立の猪牙舟より早く、二百増しの駕籠よりも速やかに竜宮に到着。そこは吉原と違わぬすばらしい流れの里(遊廓)だった。
ところで、うら島と「一つ長屋の佐次兵衛は先年四国をめぐって猿となりしが」どういうわけかカニと親しくしており、かの乙姫を買おうと竜宮の中の丁のあしべや杢蔵というカニの店に訪ねてきて、闇雲に柿の種をばらまいて奢り、カニも焼き飯を炊いて馳走する(猿蟹合戦のパロディ)。
猿は乙姫のところに通い詰めるが(竜宮は遊廓で、乙姫も遊女)なんだかんだと理由をつけられ顔ひとつ拝めない。そこでくらげの若い者に銭をつかませて乙姫の様子を探らせる。くらげはたちまち金に目がくらみ、乙姫は浦島という色客があげづめにしていると大げさに報告してを煽る。猿のほうでも今時の山だし(田舎者)は油断できないと思い、お前の働き次第では千住に茶屋くらい買ってやるなどと大きな餌をちらつかせる。
鮑(あわび)は花魁の鯛に会いにきたようだが鯛は自分に似たイシナギ(イシナゲ)を名代に鮑のところへやろうとする。しかしイシナゲも鮑が気に入らず、ほかにもお客さんが来てしまって…とか理由をつけて後回しにしている様子。鮑は懐の大きいところを見せようとして「俺はいいからほかの客を大事にしろ」などと言って遊廓で独り寝。これぞ鮑の片思い。大金を払ってこのざまなので馬鹿のむき身などと呼ばれている。
うら島を連れてきた台の物の亀と、猿の手下のくらげは互いの客を贔屓して言い争いを始める。同じ店の若い者が争っているのでは困るというので、これからは二人の客人には今夜座敷に寝た者は明日は名代というふうに一日ずつの交代にすることで話が来まる。猿はあとからの馴染みなので初日は名代となったが、新造たちが猿の相手をいやがってとうとうくじ引きで決めたところ、今年28才になる伊勢海老があたる。腰が曲がるまで新造を続けた(エビなので腰は子供の頃から曲がっている)大婆連なので何をするにも理由をつけてやらない。おかげで猿は煙草の火にも事欠く始末。
翌日はうら島が名代の番で、今度は新造たちがこぞって名代になりたいと言うが猿の時と同じようにクジにする。あたったのはアシカで、アシカなので床が済むと屏風の外でいびきをかいて寝てしまう。その隙にほかの新造が膳でもすえるのではないかと花魁は始終様子を見に行くので、猿はせっかく花魁の座敷に寝ても名代と変わらなかった。
うらしまは乙姫との仲を邪魔する猿を追い出してしまおうと、一芝居打つことにして、「たこの」という、よく吸い付く女郎を見立てて何か計画する。
たこのは打ち合わせの通り、猿が便所に立ったのをみすまして、空いた座敷から出てきて猿を誘惑する。自分の客は早帰りしてしまったのでわたしの座敷にいらっしゃいよ。そう言われて、乙姫ならどうせ来ないからと誘いに乗る猿。
猿がたこのとよろしくやっているところへ申し合わせたとおりに乙姫が現れて、猿は驚いて肝を潰し生真面目になってしまう。クラゲが猿の生き肝を取りに来る昔話の因縁はこれである。この話は因縁が沢山あるが大方作者のおふざけだろうと書いてある。
花魁の乙姫を裏切った猿を新造っ子たちがよってたかって折檻する。どこへ行っても馴染みの遊女ができない呪いだといって焼きゴボウを猿の尻におしつける。そのため猿は尻が赤くなった。また、たこのは表向きにはこの騒ぎで余所へくら替えしたということにしてあるが、実はあと二三日で年期があける事になっているので、乙姫は心付けをわたし円満に里から出した。くらげは筋や骨が抜けるほど手足をねじりあげられる。くらげ骨抜きの因縁である。
浦島はまんまと猿を追い出して、乙姫を独り占めできた上、入り用はすべて乙姫のふところから出るのでなんの苦労もなく一箱の金魚(千両箱のつもり)をまき散らし、その名をこの里に留める。
浦島は一ヶ月もいつづけするうち故郷が恋しくなり、家のことを済ませたらすぐ戻ると約束していったん帰ることにする。乙姫は玉手箱を渡し、決して蓋をとるなと戒める。浦島が亀に乗って家に帰ると、そこには知らない人が住んでおり、話を聞けばあれから三百五十余年たっていて、今は浦島七世の時代だという。子孫に先祖の名のりをしたところでつまらなくなり、玉手箱をあけてみると、中から三百五十年分のあげ代の勘定書きがでてきて、何百万両という借金を子孫にまで背負わせてしまったのかと思ったとたんに三百七十余才のじいさまになってしまった。
悲観して身投げしようとしたところに暮れの鐘がごーんとなって目が覚める。おばの家で釣りをしながらうたた寝していたのである。夢でなければ捨てていた命と思い以後は精を出して働いたところ、たちまち千両の分限者となり、三百五十から三をとって百五十歳まで生きたという。めでたしめでたし。
メモ
- まつさき:草双紙によく出てくる言葉で、この話ではまつさきにおばがいると言っているので地名らしい。しかも浅草のふじ(浅間神社?)に参詣した帰りに寄っているので浅草あたりなのかもしれない。別の本には○○さんと屋根舟でまつさきというものに行くみたいなことが書いてあり、正直なんのことなのかよくわからない。
- 水へんのじゆうさ:不詳。
- 先くぐりする:人の言動の先を推量して早合点する。
- 台の物:台の上におめでたいものをかたどって作った飾り物で、おそらく料理か菓子になっているのではないかと思う。正月や婚礼などに今でもそういったものを作る地方があると聞いたことがある。
- 三挺立の猪牙:普通の猪牙舟より少し大きめで櫓を三挺たてた高速舟だったらしい。正徳三年に(おそらく倹約令で)禁止されたこともあるとか。
- めうめう(妙妙)おそろおそろ(恐ろ恐ろ):妙妙は見事だということ。恐いほどすばらしい。今っぽくいうと「すごい、ヤバイ」
- 流れの里:遊廓のこと。遊女を流れ女、流れの身と言うことから。
- 中の丁(なかのてう、なかのちょう):吉原の通りの名前。仲の町とも。
- 花貝:桜貝の異称でもあるが、ハナガイという着物を重ねたようなひだのある貝のことでもある
- 西施乳:西施は中国四大美女のひとり。フグはその旨さを西施の乳に譬えられる。
- 小田原河岸:日本橋本小田原町。川岸に魚河岸があった。今の日本橋室町三丁目あたり。
- 珍物茶屋:珍しい鳥獣などを見せる見世物茶屋。。/下谷の稲荷町にあったのが有名(江戸語の辞典)/両国、浅草蔵前、浅草広小路、上野山下、下谷広徳寺前などで小屋かけした(日本国語大辞典)/この物語では日本橋の小田原河岸にもあったように書いてある
- 大口:魚のタラのことを大口魚という。
- 頭で飯を炊くやつさ:コメツキガニは砂を口に運び微生物をこしとってから砂だけ丸めて吐き出す。それがコメツブのように見える。
- 一つ長屋の佐次兵衛:安永の頃に流行った俗謡に出てくる人物で四国を回るうち猿になったとされる。一説によれば猟師で殺生の罪から猿になったとも。詳しくは『花芳野犬斑』の「メモ」を見よ。
- ○印:お金のこと。まるじるしと読む。
- 焼き飯:別の草双紙にも出てくるが、どうも焼きおにぎりのことらしい。ただの握り飯より日持ちするので旅に出る時に持っていく。この本では猿が柿の種をくれたのでカニがお返しに御馳走している。
- 初名代:一人の遊女に二人以上の客から指名がかかった時に、新造(若手の遊女)が代理でどちらかの客の相手をすることを名代と言う。初名代は始めて名代を務める事だろうか。
- 山出し:田舎から出てきたばかりの者。
- ろいろ(呂色):漆黒。濡れたような美しい黒。
- 三つ布団:吉原の遊女が使う三枚重ねの敷布団。
- 太平:太平楽(たいへいらく)。勝手気ままなことを言うこと
- げびぞう(下卑蔵):下品だということ。下卑に蔵をつけて人名のようにする洒落
- まわしかた:遊里で遊女の送り迎えなどをする者
- いしふし:不詳。いざこざのことか。
- あしか:アシカはよく寝る生き物として知られていた
- 五分漬け:漬け物の一種。干し大根を五分ほどに刻み、醤油・味噌・砂糖などの煮汁に漬けたもの。五分切りともいう。
- 翡翠鴛鴦:男女の契りが固い様子。鴛鴦はオシドリのこと。鴛がオスで、鴦がメス。常に夫婦一緒にいる鳥だと思われていた。それと同じで翡翠はカワセミのことで、翡がオス、翠がメス。夫婦セットで翡翠という生き物だと思われている。
- 内所:遊女屋の主人がいるところ。今の言葉で言えば事務所とか、運営とか。
- ちんちんかもの羽を並べて:ちんちん鴨の味のバリエーション。二人しっぽりと寝る様子。